午後12時30分に最初の訪問先である根本邸に
到着した。
こちらで、移動例会と根本様との交流を兼ねて会食をした。
移動例会に入る前に、根本さんのご主人様の東日本大震災の福島の被害や避難についての生の声を聴き、横濱プロバス俱楽部参加者全員の驚きの様子が伺えた。 横浜に避難してきた中学生がいじめられた記事が頭をかすめました
。 ごめんなさい
続いて、根本さんの奥様(フク様)の歓迎の挨拶がありました。 奥様お手製の山菜の天ぷら、そば粉による饅頭 そして 特にそば職人を2名を呼んで特別の地元産のそば粉で打った10割そば 最高でした 絶対横浜では出来ないおもてなしです 本当にご馳走様でした
福島プロバス倶楽部〈仮称)の発足成功をお祈り申し上げます
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第182回 移動例会
会長挨拶 岩城会長
こんにちは。今の言葉を聞いたら、言葉がありません。
今回の交流が、根本さんと横濱プロバスの発展に繋がると良いですね。
誕生月お祝い品贈呈 持田 会員委員長
4月誕生 宮川清彦(4/3)小野寺あい子(4/17)
須藤照夫(4/25)金子利成(4/27)
松本和夫(4/8・休み)平山秀樹(4/20・休み)
同好会活動と予定 :冨永参遊会会長&各世話人(敬称略) 上記 参照
移動例会終了後、会食をしながら根本さんとの交流ができ、大変有意義であった。 以上
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根本邸を午後2時10分に出発して、野口英世記念館へ向かった。到着後、記念館と生家を見学したが、1歳半の時に火傷を負ってしまった囲炉裏や医師になるために上京する際に
決意の言葉を刻んだ床柱を見ることができた。
また、野口英世は横浜と縁があり、横浜海港検疫所の検疫医官補として勤務しており、現在、長浜野口記念公園内に旧細菌検査室を見ることができる。
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見学後、午後4時20分に東山温泉に向けて出発し、途中、薄皮まんじゅうで有名な柏屋に
立ち寄り、宿泊先の庄助の宿 瀧の湯へ午後5時15分に到着した
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午後6時30分から根本さんの奥様、草薙さんが加わり宴会が
始まった。途中から平野さんの名調子による司会でカラオケ大会となり、大いに盛り上がり
終了時間を20分オ一バ一して終了した。
終了後、幹事部屋で二次会となり、夜遅くまで懇親ができ1日目の行程が終了した
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2日目 4月14日(金)
昨日同様、素晴らしいお天気に恵まれ、午前8時48分飯盛山・白虎隊史跡へ向かった。 到着後、現地ガイドの案内で動く歩道に乗り、頂上まで行き白虎隊の墓をお参りして
下ってくる途中のさざえ堂を外から見学し、最後に女性による剣舞の観賞があり、使用している刀が真剣のように見えて迫力満点であった。
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午前10時06分鶴ヶ城へ向けて出発した。 到着後、ボランティアガイドの案内で説明を聞いた後、天守閣内の見学は各自で見学した。 特に最上階の展望層は、雄大な会津の景色と
城下町を一望でき、とてもすばらしかった。 |
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鶴ヶ城見学後、昼食をとるため 会津若松駅近くのお寿司屋でソ一スかつ丼をいただいたが、すごくボリュームがあり持て余している人も見受けられた。 |
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昼食後、大内宿へ向かった。午後1時50分に到着した。大内宿は日本三大宿の一つで 会津から日光へ抜ける会津西街道の宿場町であった。
茅葺き屋根の民家が並んでいて、重要伝統的建物群となっている。特に一番奥の高台にある 見晴台から見た景色は最高であった。
最後の見学地は、塔のへつりで午後3時10分に到着した。 へつりとは会津の方言で断崖のこと。
長い時間のなかで、川の水や風雨によって浸食、風化を繰り返して削られた断崖が見事であり、
さらに、川の水の色が緑色で綺麗でした。
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見学後、道の駅「しもごう」に立ち寄り、横浜へ向かった。
横浜到着は、午後8時25分で予想より早く到着した。
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最後に今回の移動例会は、2日間とも良いお天気に恵まれ、福島の歴史ある町の観光ができ、
温泉にも宿泊し、根本さんとの交流も成功裏に終わり大変有意義でした。
以上
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