横濱プロバス倶楽部 楽しくなければプロバスではない |
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日本人はマッカ-サ-の人柄について誤解していると思います。 私も誤解しておりました。写真も厳めしく、恐ろしかった印象を持っていました。 私はマッカ-サ-に会う機会があったのです。 私は、当時コロラド州の第4砲兵師団に属していました。 その時、朝鮮戦争が勃発したのです。 ある将校(ウォ-カ-将軍)がマッカ-サ-の命を受け、韓国を助けに行くことになったのです。 →アイゼンハワ-将軍が欧州戦線(ベルギー、オランダの国境付近)でドイツ軍と戦う。 この時のパットン戦車軍団を率いていたのがウォ-カ-将軍。 私は当時二等兵でしたが、朝鮮戦争における米国第8軍の初代指揮官であったウォ-カ-将軍の 通訳として仕えることになったのです。 こうしたことからウォ-カ-将軍とマッカ-サ-将軍との間に仕えることになっていったのです。 当時のマッカ-サ-将軍とウォ-カ-将軍との会話から <ウォ-カ-将軍> マッカ-サ-将軍、こんな国を守る必要があるのか? 持っているのは歩兵銃のみ、北朝鮮には勝てない。 第8軍は日本に引き揚げたい。ここはカリフォルニアの海岸ではないのだ。 とてもではないが守れない。 <マッカ-サ-将軍> ウォ-カ-よ、よく聞け。言いたいことはそれだけか。 我々は誰の為、何の為に戦っているのかわからないのか。 俺は日本国民を助けたい。日本民族は最も優秀な民族だ。 日本人は誇り高く、物乞いはしない。世界にこんな民族はいない。 この民族を共産軍に渡す訳にはいかない。 奴らの狙いは韓国ではない。日本だ。 ここは何としても奴らを喰い止めねばならないのだ。 <ウォ-カ-将軍> マッカ-サ-将軍、よく分かりました。 私は知りました。マッカ-サ-の本当の気持ちを!! 私はマッカ-サ-の情報を、そして秘密文書を知ることができました。 マッカ-サ-の最も好きな男、支持した政党は、片山哲です。社会党です。 日本人はマッカ-サ-が現憲法を押し付けたと思っている。 これは間違いです。彼は、日本人自身につくらせたいと思っていたのです。 米国本国は、日本はどうなってもよいと思っていた。 天皇は司令部には行かない。マッカ-サ-の自宅なら行っても良いと考えている。 <天皇> マッカ-サ-よ、すべての戦争の責任は私にある。 国民には何の責任も無い。私の責任だ。 <マッカ-サ-> 天皇、貴方を極東軍事裁判に出す訳にはいかない。 貴方が日本人を救うのです。貴方しか日本を救えないのです。 私は、絶対に軍事裁判には行かせない。 日本人は洗脳されていた。 人間天皇を宣言してくれ!! これで日本は民主主義になるのです。 女性の参政権を作ったのはマッカ-サ-です。 昭和21年1月には日本国憲法を作りたい。 他の国から戦争犯罪者として天皇処分の声が強かった。 マッカ-サ-はこれを防ぐために日本国憲法作成を急いだのである。 日本国憲法は大変立派なものだ。米国が押し付けたものでは無い。 日本人が作ったものだ。 1946年、幣原内閣が日本国憲法草案を採択。 1947年5月3日日本国憲法公布。 これにより ソ連、中国等の口を封じたのである。 マッカ-サ-は決して押し付けるようなことはしなかった。 マッカ-サ-はトル-マン大統領に食糧援助を要請するも、トル-マンは「No!」 と、マッカ-サ-の答えは 日本民族を滅ぼすことは人類の損失です。 トル-マン、あなたはこの責任を取れるのか!! 時の大統領ル-ズベルトは1945年4月に死亡。その時の副大統領がトル-マン。 トル-マンは能力なし。マッカ-サ-にすべてを任せるからやってくれ。 よってマッカ-サ-は占領軍の全権を持つようになった。 マッカ-サ-の正しい人柄を伝えたかったのです。 |